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最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)29号 判決 1990年7月19日

岐阜市藪田二五四番地の七

上告人

吉田繁政

右訴訟代理人弁護士

古田友三

岐阜市加納清水町四丁目二二番地の二

被上告人

岐阜南税務署長

平石金吾

右指定代理人

福永敏和

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和六三年(行コ)第八号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成元年一一月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人古田友三の上告理由について

水田利用再編対策実施要綱(昭和五三年四月六日五三農蚕第二三七九号)に定められた水田預託制度に基づき、上告人が市橋農業協同組合との間で締結した水田預託契約により同組合に対して預託していた上告人所有の本件農地(預託水田)は、租税特別措置法(昭和五八年法律第一一号による改正前のもの)三七条一項にいう「事業の用に供しているもの」に該当しないとし、本件更正及び本件決定に違法はないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平)

(平成二年(行ツ)第二九号 上告人 吉田繁政)

上告代理人古田友三の上告理由

第一 原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。

一 原判決は租税特別措置法三七条一項五号にいう「事業の用に供しているもの」の解釈を「営利を目的とし、自らの危険と計算において継続的に行う事業のために使用する資産をいい、原則として、譲渡の当時、現実かつ継続的に事業の用に供していたことを要し、たまたま、現実にはその資産を事業のために使用していなくても、事業の用に供する意図をもってこれを所得し、かつ、その意図が近い将来において実現されることが客観的に明白であった場合も含まれると解される。そして事業の用に供しているか否かは、右条項の文言からいって、当該譲渡された資産の現況で判断すべきである。そして右資産の現状は控訴人(上告人)の営む農業全体との関連の下で判断をなすべきである。」(原判決第三丁裏及び第一審判決第一七丁裏、第一八丁表)とする。右解釈中「現実かつ継続的に事業に供していたことを要し」とある中の「現実の供用」の意味するところは、個々の事業用資産の本来の用途に用いていることであり、農業用資産である農地の場合でいえば、作物を栽培していることである。このことは、右の解釈の基礎となる最高裁昭和四二年五月一九日第二小法廷判決(民集二一巻四号八九六ページ以下)において、「現実に居住用家屋の敷地に供されている」との言葉が、「実際に居住用建物の立っている」との趣旨で使用されていることや、原判決の引用する第一審判決全体の論調からみて明らかである。

二 原判決は右のように、「事業の用に現実に供用していること」を個々の事業用資産の本来の用途に用いている(農地の場合、作物を栽培していること)との趣旨で使用しつつ、これが原則であると言う。そして例外としては、たまたま現実に事業の用に用いてなくても近い将来において実現することが客観的に明白な場合を挙げるだけである。

しかしながら、事業の用に供していると言えるか否かの限界には、事業の用に供することを明らかに廃した場合や明らかに未だ供していないときに、なお、近い過去や、近い将来の供用との関連で、なお事業の用に供していると言えるか否かという時間的限界の場合と、当該事業用資産を本来の用途に用いていない場合にも、事業者の事業全体との関連で、なお事業の用に供していると言えるか否かという供用の態様の限界の場合の二つの場面がある。

原判決は、右二つの場面のうち、時間的限界についての例外を述べるだけで、供用の態様の限界については何も述べない。事業用資産の本来の用途に用いることを「原則」とするというなら、例外を許さないのか否か、例外を許すのであれば、本件の場合、例外を適用すべきか否か、論じるべきである。前記最判はたまたま供用の態様の限界が問題とならず、時間的限界が問題となった為、時間的限界について判断しただけであり、供用の態様の例外を許さないと明言するものでないことは、明らかである。

三 そこで供用の態様の限界との関連で「事業の用に供しているもの」を解釈するなら、それは「営利を目的とし、自らの危険と計算において継続的に行う事業のために使用する資産をいい、原則として、譲渡の当時、現実かつ継続的に事業の用に供していたことを要するが、その資産の本来の用途に使用している場合の他、事業の性質、事業に課せられた社会的、法律的制約、事業者の事業の規模、他の事業用資産との関連性、事業者の意思、立法の趣旨等を総合考慮して、当該事業遂行上、その供用の態様に必要性あるいは合理性が認められる場合を含む」と解すべきである。

本件の場合、事業は農業であり、資産は農地でその本来の用途である作物の栽培の為に使用していなかったのであるが、保全管理水田として保有していたことが、右の基準に照らして必要であり、合理的であったことは明らかである。原判決は保全管理水田とすることが単に法律上、直接強制されたものではないことをいうだけで、右必要性、合理性について何ら検討しない。

四 結局、原判決は租税特別措置法三七条一項五号の解釈を誤り、供用の態様の限界につき適用を誤ったものである。なお、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二 原判決は理由不備である。

前記第一点記載のとおり、原判決は、事業の用に供していることに関する供用の態様の限界につき、当該資産の本来の用途に使用していることを原則としつつ、その例外を許さないのか否か何ら解れないまま、上告人の請求を棄却している。右例外を許さないので上告人の請求を棄却するのか、例外はあるが、上告人の場合これにあたらないのか、理由が付されていないので、破棄されるべきである。

第三 原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背及び審理不尽がある。

一 原判決は、水田利用再編奨励補助金について「事業の対価という性質を有しない」とする(第一審判決第二〇丁裏及びこれを引用する原判決第三丁裏)。そうであれば、原判決は、昭和五七年度水田利用再編奨励補助金についての所得税及び法人税の臨時特例に関する法律に規定する奨励補助金についても、事業の対価の性質を有しないとの解釈をしていることとなる。

二 しかしながら、右法令は、右奨励補助金が本来、農業所得であることを前提に、課税上の優遇措置として、特に一時所得とみなすとの規程であり、右奨励補助金は事業の対価という性質を有すると解釈されるべきことは明らかである。

原判決が「事業の対価という性質を有しない」と解釈するのは明らかに誤っており、これが、上告人が本件農地を事業の用に供していなかったとする理由のひとつとなっているのであるから、判決に影響を及ぼすこと明らかであり、正しい解釈の下でなお、事実の用に供していたか否か、審理を尽す必要がある。

第四 原判決は理由齟齬、審理不尽の違法がある。

一 第一審判決は、本件農地の買換に租税特別措置法三七条一項五号が適用されないとの被上告人の主張を抗弁と位置付け、右措置法の適用があるとの上告人の主張を抗弁に対する認否及び反論としている。

しかしながら、原判決の右事実適示は誤りであり、右措置法の適用があるとの上告人の主張は請求原因である。

第一審判決は右のように事実適示を誤ったため、上告人の主張を個々に分断し、例えば、右措置法の立法趣旨や、前記水田利用再編奨励補助金に関する上告人の主張を、それぞれ、抗弁に対する単独の反論であるかのように扱っている(第一審判決第二〇丁)。

二 原判決は、右第一審判決を基本的にそのまま引用しており、右第一審判決の事実適示の誤りを踏襲している。従って、第一審判決と同様、本来請求原因事実である上告人の主張に対しては審理が不尽であり、また、上告人の請求を、抗弁を認めて棄却したのでは理由が齟齬していることとなる。

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